著作者の権利ってのはどんなもんなんでしょうと時々思うことがあります。
私は一応WEBデザイナーとして
お給料をいただいてるような人なんですが
会社に所属していて色々なWEBサイトを作ったりしてるわけです。
※実際デザイナーとしてよりもコーディングをする人的な仕事が多いのですが
コピーレフトされたモノを利用することも最近は多いです。
以前は必死になってプログラムを書いたりしましたが・・・
コピーレフトは・・コピーライトに対し
本来のライト(権利)でなくライト(右)に対するレフト(左)
ということに成ってるそうです。
右翼と左翼ということではないようです。
音楽のDRMが問題になったり・・・森進一が歌えないとかなったり・・・
著作権問題は私のような者では迂闊に口を出せる話じゃございませんし
デザイナーという立場である以上、自分が作るモノに対する著作者としての権利
というものを失ってはいけないのかもしれませんが・・
コピーライトをそれほどに主張する時代は終わったのかもしれません。
大体…著作権なんてものは名誉であり金ではないじゃないかと
著作物に金が必要かもしれません。
時間をかけて手に入れた作り上げたものに
その対価をもとめるのも正しいでしょう。
芸術家が美術品を商品だと言い切るのも確かにプロとして必要でしょう。
しかし、子供たちが夢見るキャラクターに著作権料払え!とか・・・
音楽を楽しむ・・・演奏を楽しむ。
※そこで金を撮ってるのは問題かも知れませんが
そんなことに金を払えだの演奏する危険があるだの言うのは
なんだかね・・・と
私はよく鼻歌を歌います。
意味のわからない歌を歌います。
ときどきはちゃんとした歌も歌います。
でも著作権料は払ってません。
本当にその曲に著作権料が必要ならば
私の鼻歌に幾らの価値があるのでしょう
有名な歌手が歌うことでその歌に価値が出る。
歌詞を作ったことに対する価値とその曲を作ったことに対する価値と
その歌を誰かが歌うことで歌の価値。
その曲を聴いてどう判断するかでその価値が決まる
そのすべてが正しく動き歌は価値を持つものです。
しかし、だれが著作の価値を決めるんです?
著作権管理団体?買い物をするときに
売る人と買う人が価値をきめます。
仲介業者が買うのも売る人と買う人です。
しかしながら著作権の場合の多くは売る人間だけの言値で買わされる。
著作権とは純粋に自分のモノである権利でしかないはずなのに
その権利自体が売り買いされていて・・さらに買うほうには
価値を決める権利が無いという恐ろしい構造。
コピーレフトは自分の権利は自分の権利として存在しながらも
それをどう使うかは自由である。ただしその自由な権利を誰かが
何処かで奪ってはならない。というものです。
私は鼻歌を歌います。コピーレフトな鼻歌。
私の歌は私のものでありながらみんなのものだったりします。
音楽の喜びとは喜んで貰うこと感じてもらうことではないでしょうか。
※プロとして物凄くダメなことを言ってますけど・・・
私たちが権利を守るべきならば先ず文字を発明した人々に・・・
すべての植物や動物たちに・・・本来彼らのオリジナルである権利の代償を
支払わなくてはいけないんでしょうか?
それこそ我々人間の言うオリジナルを守る権利は人間の都合だけ
いいように解釈されている権利なのです。
なんびとも生きることをうばわれないのになぜヒトは牛をころしてもいいのですか?
※こういうことは宗教くさいので言いたくないが・・・
権利を敬うということ、自分を敬って欲しいというならば
相手も同じように敬わなければ敬う行為は本来行き着く先に
敬われる人間の頂点以外には存在しない行為になってしまう。
お互いを認め合うことこそもっとも正しい権利の尊重であるはずなのに
互いにそれを失っていきながらも権利を欲する。
寒い時代です・・・意味の無い歌誰の歌でもない歌しか歌えなくなる世界なんて